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style : Hip Hop
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「2 WIN DOPEという名の“完全犯罪”」 TWIN HYPEは同じカアちゃんから生まれた。しかし、この2WIN DOPEを名乗る“兄弟”がどんな境遇の下で生まれ育ち、杯を交わしたのかは誰も知らない。ただハッキリと言えるのは、同じ頃、互いの存在を“気にしていた”ということだけ。かくして“DOPER SUPER HIGHWAY”は繋がった。1 LOWがMC ICHI a.k.a 1-Low名義でドロップした最初のヴァイナル(・オンリー)「Ghetto Red Hot」(’97)は、DJ KENSAWのプロデュース作品としても知られる通りだろう。かつて東京シーンで3 A BROTHERS(MC ICHI,T.A.K THE RHYMEHEAD,INOVADER)の一員として活動し福井帰郷後DOPE SQUAD PRODUCTIONSを立ち上げた1LOW、一方DJ KENSAWはDJ TANKOとの DJユニット=LOW DAMAGEや自身のプロダクション=OWL NITE MUZIKで動いていた“関西シーン”のパイオニアたる人物だ。そんな“一匹狼”気質の強い彼ら2人をウルトラ・マグネティックな力で引き寄せたのは、他ならぬ語りずとも滲み出す“ドープネス”そのものだった。99年に2WIN_DOPEとして「非情の狼たち」(これまた12吋盤のみの SHIT)を全国のドープ・サウンドに飢えた輩たちの元にこっそりと送りつけた2人は、その後DJ KENSAWのソロ・ワークス「OWL MAN meetz DOPE EMCEEEZ」(’01)の“An Exective Counsultant”、及び“Finga Teq”で共謀する(その前には1-LOW の単独犯行「Live In Da Ghetto....」<'00>もあった)。そして、昨年には『2WIN DOPE WORLD TOUR2002』を“テープ”というアナログ・メディアのみで 発表し、三度雲隠れするかと思われたが...........。影の先駆者2WDの“企て”は どっこい続いていたのだ。独自の世界観に拘りつつも、“2WD”としての在り方、進み方を“それはそれ”として弁えている、このどこを斬っても“B”で“オトナ”な2人は、ここに全10曲39分48秒、体感時間:個人差アリ、の“爆弾”を用意した。 ドープなMCにしてトラックメーカーの1 Low、ドープなDJかつビートクリエイターのDJ KENSAW。その2 DUBの“走り”が意味するのは、風化したハードコアでもなければ、良心的なオールドスクールでもない。ブリブリに新しいドープ・シット。ヤッバ〜いノリ。それをハジくのみ。最後の博徒の如く。 ギラギラしたビートの上に克明な描写でストーリーを転がすのは最早“専売特許”の域、である。ゴリゴリにDEEPでLOWな感じ。その連続が生み出すクールな衝動は“おネエちゃん”の腰をグリグリに動かせる。HIGHとLOW((C)MC KINGKING)のハイドロ。道楽という名のストリクトリー・ビジネス。無闇矢鯉と焼くことはない青写真。 健全なるスポーツなどではない。むしろ“犯罪”だ。ゆえにDOPER'Z SPORT'Z。そう、それはそれで一つのジャンルに成り得るのかも知れない。しかし彼らは一人相撲を鏡越しに見せるようなトシではない。共にキャリア15年ながら、むしろバリバリのニューカマーとして勝負を挑んでいる。だから、ストックをわざわざ引っ張り出すような真似もしない。シンプルなコマンドだからこそドープになり得るこのゲームにおける真のWINNERとは?(わかってんだろ?)“2WDこそがエキスパート”と連呼しながらHIPHOP大陸の荒れ地をひた走る二輪駆動の魔神(マシン)。そこにあるのは、BなトライブのWET DREAM。ビッグマグナム佐藤“K”の恍惚。まったくもって“勃ちは良いのに、性質が悪い”アルバム、だコレは! 2003年7月 2木 崇(TAKASHI FUTATSUGI)
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