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style : House
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FRED EVERYTHING。彼の名は、日本のハウス・ミュージック・フリークスにはあまり馴染みがないかもしれないが、地元カナダでは絶大な人気を誇るハウスDJだ。そもそも日本とカナダはあまり国際的な文化交流が盛んに行われていないので、なかなかカナダの音楽事情、特にカナダのクラブ・シーンの情報は全くと言っていいほど伝わってこないというのが現状だが、僕の知る限りカナダという国は、1970年代のディスコ・ミュージック全盛の時代からアメリカやヨーロッパ諸国と肩を並べる程のダンス・ミュージック先進国だった。現在も、トロントやモントリオール、バンクーバーといった都市部のアンダーグラウンドなクラブ・シーンはアメリカ中西部のクラブ・シーンと非常にタイトな関係にある。DJ達はお互いのシーンを自由に行き来し、リアルタイムで情報交換を行っている。今日、トロントのインディー・レーベルからシカゴのDJが、サンフランシスコのインディー・レーベルからバンクーバーのDJが作品をリリースするというような現象が、日常茶飯事に行われているのだ。
FRED EVERYTHINGことFREDERIC BLAISは、1974年8月9日に、カナダの首都、オタワ近郊のハルという小さな街で生まれた。その後家庭の事情で、カナダ南東部のケベックという、モントリオールの郊外にある都市に引っ越したFREDERIC BLAISは、1996年に活動の拠点をモントリオールに移すまでの多感な少・青年期をこの街で過ごしている。 KRAFTWERKやNEW ORDERといったヨーロッパの前衛的なグループの作品を好んで聴き、地元の友人達と結成したバンドでライブ活動や楽曲制作に明け暮れていた若き日のFREDERIC BLAISは、また同世代の若者達と同様に、ティーンエイジャーの頃から地元のクラブやレイブに足繁く通う、何処の街にもいそうな普通の青年だった。1990年代初頭、自然の流れでDJ活動を始めたFREDERIC BLAISは、ハウスからテクノ、ドラム・ン・ベースまでありとあらゆるジャンルをボーダーレスにプレイする独特のDJスタイルで次第にその名を馳せていく。彼の友人達は、いつの頃からか彼のことを親しみと尊敬の念を込めてこう呼ぶようになった、‘DJ EVERYTHING’と。ケベックのVOGUEやCHEZ MAURICE、モントリオールのSTORMやSONAといったアンダーグラウンドなクラブを中心に精力的に活動し、着実にキャリアを重ねていくFRED EVERYTHING。やがて彼は、DERRICK L. CARTERやDIZ、JOHN HOWARD、MARK FARINAといった現在のアメリカ中西部のハウス・シーンをリードするトップDJ達の懐の深いDJプレイに強い影響を受け、徐々にハウス・ミュージックに焦点を定めるようになる。そして1996年、彼は活動の拠点をカナダ随一の大都市、モントリオールに移し、次のステップに踏み出す。モントリオールやオタワ、トロントといったカナダ南東部の都市のアンダーグラウンド・クラブのみならず、ビクトリア、ウィニペグ、ハミルトン、バンクーバーといったカナダ全土やアメリカ中西部の都市にあるアンダーグラウンドなクラブでもDJ活動を展開し始めたFRED EVERYTHINGは、この頃から楽曲制作にも全精力を注ぎ込み、DIYやTAG、SEASONS RECORDINGS、20:20 VISION、SHABOOM RECORDS、BOMBAY RECORDS、OM RECORDSといったアメリカやヨーロッパのダンス・ミュージック専門レーベルからコンスタントに自身名義の作品をリリースし、DERRICK L. CARTERやROY DAVIS Jr.、H-FOUNDATION、CHRIS LUM、MISSY ELIOTといったアーティストの作品のリミックスも手掛けてきた。また、イギリスのリーズに拠点を置く優良レーベル、20:20 VISIONとはアーティスト契約を結んでおり、同レーベルに二枚のオリジナル・フル・アルバム(『Under The Sun』、『Light Of Day』)を残している。現在は、モントリオールのSALON DAOMEというクラブでLazy Daysというレギュラー・パーティーを抱えつつ、カナダ全土やアメリカのみならず、ヨーロッパ諸国、中南米諸国、中近東、南アフリカ、オーストラリア、ニュージー・ランドといった国々を飛び回り、空いた時間を上手に調整して自身名義の作品を制作し、また他のアーティストのリミックスを手掛けるという、目まぐるしい程多忙な、しかし充実した日々を送っている。
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